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2018年7月13日 (金)

ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド


『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』面白かった。フッテージの組み合わせ、グリッドの連なり、200分そんなに長く感じさせないのはスコセッシさすがである。が、ここ10年から20年の間の作品、落とし所が或るパターンになってしまっているのはどうも考えものである。精神世界、物質社会、弾かれる者への慈愛の眼差し、無常、まさにスコセッシならではの世界。弾かれる者とはジョージに失礼かもしれないが、これはジョンにもポールにもリンゴにも、誰にしもあるものであり、プライドがあればそれと陰陽としてある屈折したもの、それは劣等感ではなく、ネガティヴなものが転化してポジティヴへと向かわせるといった映画的にあまりにもドラマティックなものでもなく、ヒトが誰しも持つ普遍的なもの、であり、それを表すのがスコセッシやはり上手いなと思える。『ミーン・ストリート』や『沈黙 -サイレンス-』がより鮮明になる。
上記の3つはジョージの曲で誰しもが知ってるだろうけど、私的には、この曲は初めて知る。

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